【あなたを忘れない】

イ・スヒョンさん、という男性のことを覚えていますか!?
私はこの記事をクリックするまでピンときませんでした…。
2001年冬、新大久保駅の線路に落下した日本人男性を助けようとし、自らも犠牲になってしまった韓国人男性がそのイ・スヒョンさんでした。



2001年1月26日、JR山手線新大久保駅の線路に転落した見知らぬ人を助けようとし、自らの危険を顧みず二人の男性がとっさに線路に飛び込み帰らぬ人となりました。
それが韓国人就学生のイ・スヒョンさんと日本人カメラマンの関根史郎さんでした。

イ・スヒョンさんはネットカフェに勤めるごく普通の青年だったそうです。
日本語が上手でネットゲームやPCにも詳しかったスヒョンさんが、たまたま日本人にネットゲームの手ほどきをしたことから、それまで大久保のネットカフェにはほとんど訪れることの無かった日本人が集うようになり…。
ネットゲームで日韓混合クラン(ゲーム内の同盟、団体)などが結成され、その輪が大久保からどんどん広がっていったそうです。
スヒョンさんは、人命救助の為に自らの命を落としたことで「英雄」として称えられましたが、実際はネットゲーム大好きな「気のいいお兄さん」という感じ…だったとか…。
スヒョンさんはもちろん優しく、正義感の強い方だったのでしょう。
でも、特別なヒーローとして生きてきたわけではなく、とっさの時にごく当たり前な事として誰かを助ける為の「手」を持ち合わせていただけなのかもしれません。
こんな言葉があるそうです。
살신성인=殺身成仁(サルシンソンイン)=自らの命を捨て思いやりを守る

関口さんと共に旅立った日からもうすぐ5年。
スヒョンさんのお父様が願った、尊い犠牲となった息子さんの命が韓日の懸け橋になりますように…との思いは私達がスヒョンさんを忘れないでいることで叶えられていくのかもしれません。

※下記は日本語・日本への思いが綴られたスヒョンさんの文章です。

~日本語学校への志望動機~イ・スヒョン  (1998年8月プサンにて)

私は国際貿易に関心があって高麗大学の貿易学科に入学しました。
そこでは、ほとんどの学生たちのように英語圏の国と貿易関係について勉強しました。
日本についての知識は他の韓国人と同様に多少の先入観がありました。
それから専門の科目の中で“地域研究”という科目を受けながら日本について研究し、これを通してだんだん日本の経済、文化、社会などすべての分野に興味を感じ、特にわが国と日本との貿易関係に強い関心を抱きました。
第二外国語として約1年6ヶ月日本語勉強して、もっと日本について詳しく知りたくなりました。
そこで直接日本を体験するため日本語学校への入学を決心しました。
日本語学校での勉強後、日本で見たり、聞いたり、感じたりしたことを元にして韓国または日本の貿易会社に入社して、両国の貿易についての第一人者になりたいと思います。

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by purinpurin-2 | 2005-11-11 22:55 | 韓国映画